川邊:今日は脳科学者の中野信子さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。
中野:よろしくお願いします。
川邊:脳科学者というのは、どのような研究分野なんですか?
中野:よく聞かれるんですけど、脳科学という言葉自体は2000年頃以降に出てきたんです。以前はなんて言っていたかというと、神経科学とか大脳生理学という言い方だったんです。
川邊:なんで脳科学と言われるようになったんですか?
中野:「ファンクショナルMRI」という機械が出てきたことは無縁ではないでしょうね。もともと脳を見る機械っていうのは、構造を見るMRI、それから脳波とか脳磁図を見る装置(MEG)はあったんですけど、それ以外はあまり発達していなかったんです。今、この瞬間にどの領域が活動しているかをマッピングできるようなMRIはなかったんです。その原理を発見したのが、小川先生という日本の先生。彼がその技術を実用化して2000年頃からようやく研究が発展してきて、脳科学という領域ができました。
「ファンクショナルMRI」
脳の各部の機能が活性化する様子を撮影する最新技法の1つ。頭に弱い電磁波を当て、返ってきた信号を計測することで、脳活動を調べる技法。
「脳磁図」
脳波が電場の動態であるのに対し、電場のあるところには必ず磁場も生じるので、磁場の動きから脳の働きを追う計測方法
「小川誠二」
ファンクショナルMRIの原理を発見した物理学者。ノーベル賞の有力候補の1人。
川邊:中野さんはどういうテーマを研究されているんですか?
中野:いちばん興味があるのが、「社会性」です。特に「集団になると、個人の意思決定がどう変容するか」というところですね。例えば、みんな「いじめはよくない」って言いますよね。だけど、集団になると「私、見なかったことにしよう」とか。「みんなの言っていることにとりあえず従っておかないと、自分が危ない。同調しよう」という圧力がかかったり。他の例でいうと、選挙のときに「みんなはこの人に投票しているということは、もしかしたら自分はそうは思わないけれど、この人には魅力があるのかもしれない」と思う現象とか。集団になると、どうして個人の意思決定が変わるのか。というところに興味を持って研究しています。
川邊:個人で考えたときの脳の働きと、社会的な圧力がかかったときの脳の働きは、調べるとぜんぜん違うものなんですか?
中野:違います。その状況を想定してもらってMRIで測るということになるので、実験室が現実の状況そのままというわけにはいかないんですけどね。ただ個人でいるときと集団でいるときの違いっていうのはおそらく、「オキシトシン」が原因で変わるだろうと想定されるんですよ。
川邊:オキシトシンってなんでしたっけ?
中野:例えば、川邊さんはお子さんと接する時に口調が変わりますよね?あのとき気分も変わってません?そのときに出ているホルモンがオキシトシンなんですよ。愛情ホルモン、という俗称もあります。当然、自分の子どもだから出るものでもあるけど、自分がずっと仲良く面倒を見ている部下だったりとか、奥さんだったりとかに対しても出るんですよ。つまりオキシトシンは人間関係を作るホルモンなんですよ。そのときに人間は果たして、合理的で冷徹な判断ができるかということなんですね。どっちかというと愛着の方に寄った判断をしがちだということがわかっているんです。
川邊:社会的な圧力がある中でする意思決定っていうのは、オキシトシンが出て、その物事が合理的といえるかどうかは、集団への愛着で決まると。
中野:そうです。これを反社会性の逆で「向(こう)社会性」と言います。向社会性が高まると、いますごく好ましい例を出してお話しましたが、あまり好ましくない例もあります。家族など自分が愛する者を攻撃してくる者や壊す者がいたら、自分の身を捨ててでもそいつを排除しよう、攻撃しようという気持ちが、オキシトシンによって高まるという結果が出ています。
川邊:オキシトシンが分泌されるんですか?
中野:そうですね。オキシトシンが分泌されていて濃度が高いときにこの気持ちが強くなるようです。そうするとなにが起きるかというと、集団でそれが起きると、相手の集団に対して不当に攻撃を仕掛けたりとか、不当に低く評価したりとか。仲間意識が強いほどそれが起こりやすい。会社対会社だったら競争原理が働くという意味ではいいのかもしれないですけど、国対国のレベルで起きたときに、とても危険な状態になります。実は、戦争が起きる原因は愛情ホルモンにあるという。