川邊:一方で小説『ボクの妻と結婚してください。』は、演劇化されドラマ化もされ、今度は映画化されるということで。私も最近、所帯を持ったばかりなので感動してしまいました。
樋口:ありがとうございます。
川邊:どういうキッカケで小説を書くことになったんですか?
樋口:本当に忙しい毎日だったんですよね。
川邊:ご自身が?
樋口:朝方帰って、2時間だけ仮眠して出ていくみたいな。自分は車で移動してるんですけど、無意識のうちにマンションの駐車場の鍵を信号に向けてかざしてたことがありまして。
川邊:危なすぎますね。
樋口:自分でも「なにしてるんだろう」と思いました。「もしかしてこのまま…」と思ったときに、ちょっと死がよぎったんです。「疲れて死んじゃうんじゃないかな」って。その時に、家族にとっては家に帰らないお父さんだったし旦那だったからとはいえ、妻は葬式で「主人は好きなことを奔放にやって亡くなった良い人生です」って言うような気がしたんです。でも俺はそんなことなくて、「家族とも過ごしたかったし」って思ったんです。だからこの忙しい時間を1年でも良いから家族に向けたらすごく良いんじゃないかなって、そのときに一瞬だけ思ったんです。
川邊:一瞬だけ思って、また仕事に。
樋口:仕事には戻らないといけないんで、そのイメージをお話にしようって。忙しい男の仕事ぶりとかスキルとか、習った知識を一回すべて家族に変換する。そうしたら主人公が死ぬという設定しかなかったんですよ。
川邊:なるほど。
樋口:ルール的に。じゃあ「余命」は決まったと。「この忙しい人生を、この余命の中、すべて家族に費やす」。で、コックさんだったら家族の最後の一皿に何を作るかなって、ミュージシャンだったら家族に向けてどんな曲を作るかなって思うけど、主人公がたまたま放送作家だったんで、「企画を作るしかないな」っていう、そこから始まりました。
川邊:なるほど。その小説をご家族は読まれたんですか?
樋口:読みました。
川邊:感想はどうだったんですか?
樋口:小説のなかでは理想の奥さんを書いてるんです。「こんな妻だったら良いな」っていう。そこの部分をうちの妻は「あ、私のこと書いてる!」って。女ってそこはすごいなって。いろんな嫌味とか書いてるとこは一切忘れちゃって、良い描写を「ここ私だよね」って。
川邊:「いない割にはよく見てるね」みたいな。
樋口:おぞましいなというくらい。
川邊:この本には、放送作家としての考え方や熱い思いが結構書いてありますよね。僕も今日インタビューするときにすごく参考になってるんですけど。
樋口:ネタをバラすと、地の文が書けなかったんです。セリフ以外の描写が。地の文を書いても書いても深みが出ないから、「もう人に教えてもらった名言をいっぱい書こう」と思って入れたんです。
川邊:じゃあ、すべて自分の考えというよりは仲間が言ってたことを取り入れたんですね。物語が始まってすぐに「世の中の出来事を好奇心で楽しいに変換する仕事が放送作家の仕事だ」って、この主人公が定義してるわけですけれども。これはご自身の考えですか?
樋口:そうですね、自分の考え方がベースになっています。やっぱりなんていうんだろう…下世話な話だと「風俗行って、ぼったくられました」って。それって悲しい話じゃないですか。
川邊:そうですね。
樋口:でも、会議で言うとウケるんですよ。それをアレンジすると企画になるんですよ。それをズラすとコントになったり。そのときに「自分の身の周りで起きた嫌なことは、テレビにおいては仕事になるな」「好奇心でいろんなとこ飛び込んで、失敗したり悲惨な目にあったりすることこそ仕事にできるんだ」と気づくんです。
川邊:それは特にテレビだと変換しやすいんですかね?
樋口:クリエイティブなことって、そういうことが多いと思うんですよ。芸人さんがやるすべらない話って、だいたい怒りだと思うんです。なにかに対して怒っていて、それに対して「わかるわかる」って笑いになったり。それがやっぱりベースです。
川邊:話だけでもそういうコンテンツに変換できるっていうのはすごいことですよね。
樋口:芸人さんは特にそうですよね。
川邊:素人っていうのは、それをどうやって変換すると笑いになるんですか?
樋口:『優しい言葉編』でいうと、「傷つけば傷つくほど優しくなれる」って、武田鉄矢さんの歌詞とかと同じようなことかもしれないです。自分が失恋したりすると、相手をおもんばかる気持ちができたりとか。なんか一回負けた方が、人に対してこう優しくなれたり。負けしらずな人って、人に対して冷酷だったり。それに近い感覚じゃないですかね?
川邊:素人の滑稽なところとか。下手くそなところとか。そういうのを見ると、見ている方はむしろ優しくなれる?
樋口:優しく。うん。
川邊:その変換が、テレビ的な価値に。
樋口:そうですね。それをコントにしたり情報にしたりするのが僕らの仕事で。だから0から1で発想が「バン!」って生まれてるんじゃなくて、そういう身を持った経験がテレビになってるっていうのは自分の中では面白いです。
川邊:そうすると、「世の中の出来事を好奇心を持って楽しいに変換してる」っていう作業は、常日頃から頭の中でやってるんですか?
樋口:どこかに自分を客観視するカメラが付いてて。主観ばっかりじゃなくて、例えばタクシーに乗ったときに、運転手にすごく横柄な態度をとってるときもあるじゃないですか。それをカメラで見ていて「なんで横柄だったんだろう」とか、そういうことを思うわけです。
川邊:自分を客観視する。
樋口:それでよく思うのが、街でウンコしたくなるじゃないですか。
川邊:なりますね。
樋口:その時ってやっぱり、顔には微塵も出さずにトイレを探すじゃないですか。そのときの顔ってやっぱり面白いと思うんです。どこにトイレがあるかとか、行ったときに満室だったらどんな思いをするかとか。そういう気持ちを覚えておいて、それをストーリーに置き換えると、自分の中で面白くなってくるんですよね。
川邊:なるほど。すごい方法論ですね。
樋口:たとえば、好きな人ができました。僕らの時代は家に電話しました。それで「親父が出ないように」とか。そういうのを、いまLINEに置き換えると、どんな気持ちなのかなとか。そういったときに、既読されても返事がこないとか、既読になかなかならないとか、そういう気持ちに似てるのかなって、自分の中でこう考えるんですよね。それがコントのときに使えたりとか、企画に使えたりとか。そういうことは多いです。
川邊:その組み合わせですよね。いろんな組み合わせを持っていらして、ぜんぶ一人で構成してくんですか?
樋口:いや、ほぼ会議です。
川邊:会議でいろんなものをスパークさせていく。
樋口:「この時間のこの日にちに、なぜこれをやらなきゃいけないんだ」って問うんです。それで「先週やってたとき数字が取れたからやるべきだ」っていう人もいれば、「こういう時代だからこそやるべきだ」っていう人もいれば「こういう季節だからやるべきだ」といろんな理由の「やるべきだ」が集まるんですよ。その中でベストな「やるべき」を文章にしていったり映像にしていったりする作業を会議でやるってかんじです。